オトメナゲヤリ

はみだし女の備忘録&雑記ブログ

新幹線3人殺傷事件:「定時制高校」「精神科」偏見をうむ報道のしかた

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このブログにおいて、普段私は高卒認定や大学編入、資格取得などの勉強についてのハウツー記事を執筆していますが、今回は例の新幹線3人殺傷事件について思うところがあったので、時事ネタになりますが書き留めておきたいと思います。

 

 

 

 

 

ネガティブなキーワードとして使われる「定時制高校」「精神科」

こういった事件が起こるたびに、生育歴・学歴など、犯人のバックグラウンドが詳細に明かされます。

その中で私が気になったことは、「定時制高校」「精神科」というキーワードがこれ見よがしに埋め込まれていることです。

 

何か悪いことを起こした人がいたときに、その人の経歴に「事件に繋がりそうな何か」があったら、それを報道するのはごく当たり前のことなのかもしれません。

というか、それが「世の中の正義」であるかのようにさえ思っている人もいます。

だから、悪意を感じる報道のしかたについては、この事件に限ったことではないと思います。今まで起こされてきた陰惨な事件の数々でも、犯人の経歴の中で「事件に繋がりそうな何か」にクローズアップして報道する手法は、たくさんなされてきました。

 

しかし、こうした報道がなされるたびに、定時制高校の学生や出身、精神科に通院・入院歴がある人たちが世の中で誤解を得やすくなるのは、言うまでもありません。

定時制高校の出身ではありませんが、高卒認定出身で、今まで人生にさまざまなことがあり、何度も精神科にお世話になって来た私にとっては、心穏やかに聞ける報道の仕方ではないです。

 

私も自身のバックグラウンドによって、今までたくさんの差別やいじめをされて生きてきました。

16才で、高校を中退してフリーターであった当時、再び鬱をこじらせてしまいアルバイトを休職しなければならないことがありました。店長にだけはちゃんと説明しておこうと思い、自分が鬱であること、数ヶ月治療のために入院するため、アルバイトを休ませてほしいこと、回復したら復職する意志があることをきちんと説明し、休養に専念しました。

そして、休養期間を終えて復職したときに、店で先輩から第一声で言われたのが「精神病患者」という言葉でした。店長が精神科に通うという事に対して、かなり偏見があるようで、店のクルーの大半に私の入院の話をしてしまっていたのです。「ただでさえ高校中退なんだし、犯罪を起こさないでね」みたいなことも言われました。

ちなみに、当時は親兄弟にもこのようなことを言われていました。

母親は「身内から犯罪者が出たら、お兄ちゃんの研究業績*1も無駄になっちゃうのよ」とか。

あの時の、全身が燃えるような怒りと、この世の中は何てクソなんだという虚脱感は今でも忘れられません。

 

 

 

 

悪意ある報道によって生まれる偏見

当時の私の周りの人間たちが「普通に」高校を卒業していないことや、精神科に対して偏見があったことは、きっとその人たちの歩んできた人生にもいろいろあった結果、そういう風な価値観を持っていただけなのかもしれません。

それに、当時の私の周囲の人間がクソだった率が高いだけであって、社会にはなんら責任はないのかもしれません。

自分の人生の不幸や怒りを社会のせいにするのは、全くもってお門違いでしょう。

 

 

確かに、本事件においては余りにも凄惨で、被害者の方々のことを考えると、犯人には擁護の余地もないと思います。

ですが、報道のされ方を見ていると、犯人と少し似通ったバックグラウンドを背負って生きてきた私にとっては、なんだか胸に騒ぐようなものがあります。

 

「定時制高校」「精神科」――そういったワードはメディアにとっては「オイシイ」ネタなのかもしれませんが、「定時制高校・精神科=犯罪」という刷り込みがなされることによって、簡単に偏った価値観を形成してしまう人間もこの世には多くいます。ていうか、私は大多数だと思ってます。

 

そうした偏見が世の中に蔓延していると、「定時制高校」「精神科」に所属している人たちは、そこにいること自体をスティグマ(烙印)と感じてしまいます。そういう社会評価を気にせずに前向きに邁進していける人もいますが、「こんなところに堕ちた自分には生きている価値がない」と感じてしまう人も多くいます。

その感情が、彼・彼女らの自己肯定感を低め、さらに好ましくないことを引き起こす種になってしまっているような気がします。要するに、社会のこの界隈においては悪循環が発生していると私は感じています。

 

 

 

おわりに

別に自分の不幸話がしたかったわけではなく、「定時制高校」「精神科」というバックグラウンドをもつ人たちが、報道のされ方によってどのような思いをしているのかということを、今回の事件を通じて書いておきたかっただけです。

 

私は高校中退しましたし精神科にも何度もお世話になりましたし、この事件の犯人同様生きている価値がないと思って何度も自殺に及んだこともありました。でも今めっちゃ生きてますし、大学で普通に勉強しています。論文や執筆で賞も取りました。自慢じゃないです。いや、自慢ですけど……。

それほど、人生多種多様千差万別いろいろですから、こういった偏見はナンセンスです。もう個人の問題です。それをあたかもレッテル貼りのようにするのはやめてくれよ~という主張がしたかっただけです。まあ、こんなちっせえブログ記事がメディア各種の誰かの目に届くとは思いませんが、ネットの片隅で偏見の払拭を叫ぶくらい自由でしょう。

 

それでもなお「定時制高校・精神科は犯罪の温床!」などと屈強にのたまう人がいても、別に思想の自由でありますから、私は構いません。構わないですけど、ケツに永遠のイボ痔でも作ってせいぜい寿命まで悶え苦しんでくれ、とは思います。

 

以上です。

  

 

*1:私の兄は研究者です